先日、個人メールの「迷惑メール」フォルダを開いてみたところ、想像以上に多くのフィッシングメールが届いていることに驚きました。
カード会社や通販会社を装い、手を変え品を変えながら、根気よく送りつけてきます。中には「最終警告」と不安をあおる件名のものもありました。
新聞では、高齢者がSNS型詐欺に巻き込まれ、多額の被害に遭っているという記事が連日のように掲載されています。
先日の報道によると、この手の詐欺による昨年の全国の被害総額は3,241億円で、前年比62.8%増と過去最悪を更新しました。
富山県の被害額も17億円余りで前年比約60%増。被害件数は40件増の167件に達し、いずれも過去最悪だったと報じられていました。
しかし、これらはあくまで表面に出た数字にすぎません。誰にも相談できず、泣き寝入りしている人も少なくないのではないでしょうか。
これは極めて卑劣な犯罪だと言ってよいでしょう。そして、その入り口の一つがフィッシングメールなのです。
私たちは本来、人を信じる「性善説」の中で生きています。
その一方で、インターネット社会では、ときに「性悪説」、つまり相手を疑う視点も必要になります。
例えば、私は名刺に個人のメールアドレスを記載していますが、これも見直す必要があるかもしれません。悪用を考える人がいる可能性を否定できないからです。
また、スマートフォンに登録していない番号からの電話には出ないようにしています。これも自己防衛の一つです。
インターネットの普及とともに、犯罪に巻き込まれる危険は確実に増えています。
こうした中で、「自分は絶対に引っかからない」と思っている人ほど危ないともいわれています。
実は、私もその中の一人です・・・
