
春の連休の4日・5日に、城端の曳山祭を見に行ってきました。
この祭りはユネスコ無形文化遺産にも登録されており、約300年の伝統を誇ります。
今回は親戚が「山宿」を務めることになりました。山宿とは、曳山に祀られるご神像を一晩預かる家のことです。
そのため、私は礼服に白いネクタイ、妻は着物姿で城端へ向かいました。
祭りでは6基の曳山が町を巡行します。それぞれの曳山には神様が祀られており、そのご神像は各町内の山宿で一晩大切に預かられます。
山宿を務める家は、道に面して二間以上の広さがあり、奥行きのある部屋が必要です。山宿は「一生に一度の大役」とも言われています。
しかし近年は、引き受ける家が減っているそうです。そのため、公民館を山宿として使う町内もあると聞きました。

親戚の家では、ご神像を迎えるために入念な準備が行われていました。畳を入れ替え、両側に屏風を飾り、庭木を剪定し、玄関幕を張ります。通りからご神像が見えるよう通路も整えられていました。ご神像の前には山海の珍味が供えられます。
また、ご神像が滞在している間は、二階へ上がることも控えるそうです。そこには、神様への深い敬意と、最高のおもてなしの心が感じられました。
山宿の主人は、その夜をご神像の前で仮眠を取りながら過ごします。万一の際には、用意した布紐でご神像を背負って避難できるよう備えているとのことでした。
城端の町の背後には山々が連なり、その先は五箇山へと続いています。かつてこの地は絹織物で栄え、京文化の影響を色濃く受けてきました。町並みからも、どこか雅な雰囲気が感じられます。また、城端は歴史ある寺院「城端別院 善徳寺」の門前町として発展しました。

翌日になると、いよいよ曳山巡行が始まります。
6ヵ所の山宿からご神像がそれぞれの曳山へ移され、城端の町を練り歩きます。曳山には、職人による精巧な彫刻や美しい塗りが施されています。豪華絢爛な曳山が狭い町並みを進む姿は、まさに圧巻でした。
山宿の前には、6基の庵屋台と曳山がそれぞれ立ち寄ります。「庵屋台」とは、京都祇園の茶屋を模した屋台のことです。
紋付袴の20代の若者が代表して挨拶をした後、笛や三味線の音色に合わせて「庵唄」と呼ばれる伝統歌が披露されます。その優雅な調べは、多くの観客を魅了していました。

このような古い神迎え行列の形式を残す曳山祭は、県内でも城端だけだそうです。祭りの随所に京文化との深い結びつきを感じました。
一方で、曳山を引く担い手は不足しているといいます。現在は名古屋の大学生たちが参加し、祭りを支えているそうです。こうした取り組みも、伝統を次世代へ受け継ぐための大切な工夫なのだと思いました。
ただ、少しだけ残念に感じたこともありました。
城端別院を見下ろすように、近代的な建物がいくつか建てられていたことです。
歴史ある街並みと調和した景観が、これからも大切に守られてほしいと思いました。
