寺崎グループ

さて、明日2月2日に系列会社の78周年を迎えます。寺崎工業としては、創業103年にあたります。現在、その朝礼での挨拶を考えているところです。

創業100年を迎えられる企業の割合は、0.03%といわれています。1万社が創業しても、生き残れるのはわずか3社という厳しい数字です。
また、創業50周年を迎えられる企業でも、その割合は0.7%に過ぎません。1,000社のうち7社しか存続できない計算になります。
そのような中に当社が存在していることは、非常に有難いことだと改めて感じています。
これまで当社の歴史を築いてこられた先輩諸兄に、心から感謝したいと思います。

また、当社は早い段階から多角化に取り組み、グループを形成してきました。総合建設業をはじめ、製紙、運輸、介護、太陽光発電、さらには二か所の保育園運営など、事業は多岐にわたっています。いずれの事業も、地域に根差した活動を大切にしてきました。
一方で、時代の変化に応じた撤退や再編も行ってきました。電子部品事業からの撤退、高岡での製紙業の廃業、運送業の統合などは、常に最適な形を模索してきた結果です。

「企業の三十年説」という言葉があります。これは、変化をしなければ企業は30年で衰退するという考え方です。私はこの言葉を大切にしています。だからこそ、今日から明日へと、少しずつでも変化を続ける企業でありたいと考えています。

除雪

1月下旬、北陸富山は一気に降るいわゆる「ドカ雪」ではなく、毎日のように雪が降り続いていました。私はMyショベルカーを使い、毎朝除雪作業を行いました。今年は今のところ、例年より多く、6回余り出動しています。除雪を行う場所は、保育園が2か所と当社の駐車場です。早い日は、朝4時前に起きて作業を始めることもあります。

除雪は、雪が降ってから始めるものではありません。雪のない時期から、あらかじめ準備を進めています。障害物の位置を事前に把握し、出入口にはポールを立てて境界を明確にします。それでも、ショベルカーで「ガツン」とやってしまうことがあります。

先日も近所をボランティアで除雪し、雪捨て場に運んでいたことがありました。その後、近所の方が我が家まで来て、「道路に雪がはみ出ている」と苦情を言われたのです。正直なところ、少し腹が立ちました。「それなら、もうこれからは…」と考えてしまう瞬間もあります。

雪国では、多くの建設会社が道路除雪を担っています。道路の除雪では、どうしても道路の両側に雪の壁ができます。それに対して、「家の玄関前に雪の壁を作った」「雪を捨てていった」といったクレームが、市や建設会社に寄せられることも多々あるそうです。ひどい話では、除雪作業中にスコップを投げつけられたと聞いたこともあります。
そうした現実を知るにつけ、改めて、厳しい環境の中で除雪にあたる運転手の方々に、心から敬意を表したいと思います。

新年のことば

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は、トランプ政権の誕生により、国際政治が先行き不透明な状況の中で新たな局面を迎えました。国際社会では、「法」による秩序よりも、「力」による支配を重視する動きが、米・露・中で強まっています。
こうした中、今年に入ってからアメリカは中南米を自国の「裏庭」と位置づけ、麻薬密輸対策を名目にベネズエラへ出兵し、大統領を連れ去るという強硬な行動に出ました。

一方、国内に目を向けると、昨年秋には石破政権に代わり、少数与党ながら初の女性首相となった高市政権が誕生しました。現在は高い支持率を背景に、2月解散説も取り沙汰されています。
経済面では、株高・円安が進む中で金利が上昇しています。その結果、大企業と中小企業、輸出志向型企業と国内志向型企業との間で、格差が拡大しています。
今年が始まってまだ半月ではありますが、「変化の新年」と呼ぶにふさわしいスタートだと感じています。

地方の建設業である当社も、こうした国内外の変化の影響を避けることはできません。身近な課題としては、技術者不足、建設資材価格の高騰、人件費の上昇などへの対応が求められています。

今年の干支は、60年に一度巡ってくる「丙午(ひのえうま)」です。丙午は火の性質を二重に持つとされ、人や社会に活力や情熱をもたらす年ともいわれています。私は、この令和8年が「新しい芽が生まれ、育ち始める年」になるのではないかと考えています。

当社においても、すでにいくつかの「新しい芽」が見え始めています。土木部には6名のメンバーが加わり、安定した施工体制が整いました。昨年末には、県の高岡農林管内における優良工事表彰で「最優秀賞」という栄誉ある評価をいただきました。
また建築部門では、内定を含めて3件の大型物件の受注が見込まれています。今年は例年以上に、高岡と富山、建築と土木の垣根を越えた情報共有と助け合いを進めていきたいと考えています。
働き方改革についても、休日の確保や残業時間の削減に加え、若手社員との交流促進などを通じて、より働きやすい環境づくりに取り組んでいきます。

私は、「会社が利益を上げ、それを社員に還元でき、無事故で、社員とその家族が元気に過ごせる年」こそが、良い年だと考えています。社員一人ひとりとともに、そのような一年を創り上げていきたいと思います。

コンサート

年末が近づいた今日、27日土曜日。近くの高校の吹奏楽部のコンサートに行ってきました。2時間余りにわたって、じっくりと「生の音楽」を聴く時間を過ごしました。私は最近、生の演奏を聴くことをちょっとした楽しみにしています。

今回は33名の吹奏楽部員が出演していました。どの部員からも、日々の練習の成果を発揮しようという気持ちが伝わってきます。最初の曲では、少し肩に力が入っているように感じましたが、曲を重ねるごとに緊張が和らいでいきます。次第に音は伸びやかになり、それぞれの実力が自然と表れてきました。同じパート同士の音の掛け合いが美しいハーモニーとなって会場に広がります。一番後ろの席に座っていた私にも、心地よい音楽としてしっかり届いてきました。

三年生にとっては、これが高校生活最後のステージです。ソロ演奏の場面もあり、それぞれの思いが音に込められているのを感じました。特に印象に残ったのは、演奏後の部長の挨拶です。三年間の思い出を振り返りながら、「悔いのない三年間でした」と語る姿に、思わず胸が熱くなりました。その言葉に応えるように、会場からは温かい拍手が。青春の真っただ中にいる彼らへ、私も惜しみない拍手を送りました。

コンサートは、演奏者の技量だけで完成するものではありません。客席からの拍手や会場全体の雰囲気が、演奏をさらに引き立ててくれます。出演者と観客が一体となってつくり上げる空間。そのコンサートならではの醍醐味を、最近あらためて実感しています。

音楽って、本当に素晴らしいですね!年末に、心が少し豊かになる時間を過ごすことができました。

近況

先日、あるお客様の社屋を無事に引き渡しました。旧事務所からの引っ越しも完了し、新しい事務所では竣工式が行われました。式典の場で、社員の皆さんの前で感謝状をいただき、大変光栄に感じました。社長は挨拶で「この事務所から誠の心を持って新しい風を起こす」と述べられました。さらに、「寺﨑さん、ありがとう。来社された方には“施工は寺﨑さん”と言います」とお言葉をいただき、施工者として身に余る思いでした。私からは、「完成して引き渡したら終わりではありません。『出入りの大工』として、この建物がある限り、責任を持ってメンテナンスを続けます。これからも末永いお付き合いをお願いします」と挨拶し、良い仕事を任せていただいたことへの感謝を改めてお伝えしました。

さて、年末が近づくと、訃報のはがきが届くことが増えます。11月中旬には、横須賀の少年工科学校時代の指導教官が亡くなられたとの知らせを、長女の方からいただきました。思い出を振り返りながら、香典をお送りしました。その教官からは、特に二つの大切な教えをいただきました。

(1)「何とかなると楽観し、何とかしようと努力する」

物事を深刻に考え過ぎず、どんな状況にもチャンスがあると信じること。悲観せずに心の余裕を持ち、努力を続ける姿勢を教わりました。

(2)「金魚池のようになれ」

金魚池は中央が深く、周囲が浅い構造をしています。これは「専門分野は深く掘り下げつつ、幅広い知識も身につけなさい」という比喩でした。

私はこの二つの教えを今でも大切にしています。多くの出会いに支えられ、幾度もチャンスをいただき、今日まで成長してこられました。これからは、私が次の世代を育て、同じようにチャンスを渡す番だと感じています。

今月末には、当社の第82期株主総会を開催します。部長以上の役職者が出席し、期中の実績報告を行う予定です。今期は前期より売上を大きく伸ばし、利益も確保しました。その結果、期末賞与を支給できたほか、二泊三日の社員旅行も実施できました。社員には多くの負担があったと思いますが、努力がしっかりと成果につながった期だったと感じています。さらに、今期はM&Aによって土木部門を強化し、新たに5名の仲間が加わりました。この強化が大型案件の受注にもつながっています。建築部門でも複数の大型プロジェクトに参画しています。ただし、工期が長いこともあり、来期(第83期)の売上高についてはやや不安も残っています。

当社は来年、令和8年に創業103年を迎えます。役職員50名余りの地方ゼネコンとして、これからも全員で「GOODな会社づくり」を目指してまいります。

富山マラソン2025

3連休の中日11月2日、今年で10回目を迎えた富山マラソンが開催されました。午前中は小雨、昼過ぎからは本格的な雨というあいにくの天候でしたが、過去最多となる約1万5千人のランナーが参加しました。高岡市役所前を出発し、射水市の新湊大橋を渡り、富山市の富岩運河環水公園を目指して、老若男女が42.195キロに挑みました。

寺崎工業からも5名の社員が参加しました。この日のために、社員がデザインした会社名入りのオリジナルTシャツを制作しました。これを着て社員が走るとなれば、応援しないわけにはいきません。私はコース近くで大きな声援を送りました。

コース上には、風船を頭につけたペースランナーの姿もあり、「3時間半」や「4時間」など、各自の目標タイムに向けてペースを保てるように工夫されていました。ランナーたちの足音が絶え間なく響き、色とりどりのウェアや仮装コスチュームが目を引きました。沿道にいる誰もが応援したくなる雰囲気です。私も拍手をし続け、「頑張れ!」という声も自然に出てきました。中には苦しい表情ながらも「ありがとう!」と笑顔で返してくれる方もおり、こちらのほうが励まされました。一方で、後方には疲労が見える人や足を引きずりながら走る方もおられ、「頑張れ!」と声をかけてよいのか迷う場面もありました。

寺崎工業の社員を探しましたが、私が確認できたのは残念ながら2名のみ。声をかけると彼らは余裕のある走りで笑顔を見せてくれました。「健闘を祈る!」という気持ちで手を振り、最後まで見送りました。

マラソンは、私にとって「持久走」という言葉がぴったりの競技です。自分との戦いであると同時に、見る人にも感動を与える不思議な力があります。

寺崎工業の5名は全員、無事に完走できたようです。本当にご苦労様でした。

今週末に、来年に向けての強化合宿、夜の部があります(笑)。頑張った社員をねぎらいながら、「美酒」を楽しみたいと思います。

地震と酷暑が教えてくれたこと

暑さの厳しかった令和7年の夏もようやく終わり、秋の気配が感じられるようになりました。10月6日、今年初めて柿を収穫しました。仏壇にお供えし、近所の方々にもお裾分けしました。今年は収穫量が少なく、「裏作(うらさく)」の年かもしれません。

能登半島地震から1年10か月が経ちました。被害の大きかった高岡市伏木地区では、建物の解体が進み、街の中に空き地が目立つようになっています。ただし、それらの空き地の多くは土ではなく「砂地」であり、土地利用にも課題が残ります。港町である伏木において、今後人々が再び海岸線近くの地域に戻るかどうかは、大きな問題です。

避難場所にも課題があります。伏木地区の指定避難所は、海岸線近くにある「伏木共同防災センター」です。しかし、地震時にそこへ車で避難するのは、津波の危険を考えると現実的ではありません。実際、今回の地震では多くの住民が山手にある総合病院の駐車場へ避難しました。

旧市街地では、住宅が壁を接するように密集して建てられています。そのため、一軒を解体すると、隣家の壁がむき出しになるケースが多く見られます。本来であれば、それぞれの家が自分の壁を修理するのが原則ですが、解体した側が両隣の壁を修理した事例もあったようです。こうしたケースは法律で明確に解決できないこともあり、今後の課題といえるでしょう。

また、富山市内ではガラス張りでデザイン性の高いビルが地震で被害を受けました。ようやく改修工事が始まりましたが、多額の予算と長い期間を要しています。「災害の少ない県・富山」という神話が崩れた今、このような建物のあり方には再考の余地があります。また、このビルは夏冬の空調費も相当かかっていたと考えられ、ランニングコストの面からも見直しが必要です。

これからは以下のような観点を重視すべきと考えます。

  • 災害に強い構造
  • エネルギー効率の良さ
  • 維持費の少なさ
  • 環境への配慮

鎌倉時代の随筆『徒然草』には「家のつくりやうは、夏を旨とすべし」と書かれています。これは、「冬の寒さ」よりも「夏の暑さ」に備えて家を建てるべきだ、という意味です。現代においても、この考え方は十分に通用します。

  • 風通しの良い構造
  • 湿度対策
  • 直射日光を避ける設計
  • 効率よくエアコンが効く空間

これからの住宅や公共施設には、見た目のデザイン性以上に「機能性」が求められる時代が来ていると感じます。

能登半島地震と令和7年の酷暑。この2つの「災害」は、私たちの暮らしや建物への考え方を大きく変えるきっかけとなりました。 災害に強く、持続可能で快適な暮らしを支える建物や都市設計のあり方を、今こそ真剣に見直す時ではないでしょうか。

おわら風の盆

9月2日、「おわら風の盆」を見に八尾へ行ってきました。300年以上前から伝わるこの祭りは、収穫前の稲が風の被害を避けるために風を鎮め、豊作を祈願する農耕儀礼として定着したそうです。哀愁を帯びた胡弓の音色に合わせて優美な舞が繰り広げられます。踊り手の男女は編み笠を目深にかぶり、顔を隠して舞います。その姿には気品があり、何とも言えない色気が漂っていました。全国にさまざまな盆踊りがありますが、顔を隠して舞うスタイルは珍しいのではないでしょうか。

八尾は「坂のまち」とも呼ばれています。井田川に面した石垣は歴史を感じさせ、また中心部にある石畳の道は「日本の道100選」にも選ばれています。夕暮れ時、灯篭の橙色が照らす石畳の坂、格子戸、白壁。風情豊かな町並みは、まさに日本の原風景そのものです。

「諏訪町」というメイン通りにゲストハウスを持っている方から招待を受け、「町流し」が始まるまで食事をいただきました。祭りの宴席です。初対面の方とも胸襟を開いての懇親の場となり、楽しいひと時を過ごすことができました。

夜も深まった9時過ぎ、ゲストハウスの前で「町流し」が始まりました。道の両脇には大勢の観光客がスマホやカメラを手に、優美な舞を見守っていました。時間が経つのも忘れ、私はその舞にすっかり魅了されました。

特に印象的だったのは、最後尾の集団に子供たちがいたことです。大人たちに囲まれながら一生懸命に舞う姿を見て、私は「風の盆は将来も大丈夫だろう」と感じました。多くの祭りが担い手不足に悩んでいますが、この「風の盆」は町の人々がそれぞれの役割を果たし、祭りを支えています。子供たちも早い段階から祭りに参加し、将来は踊り子や胡弓・三味線の演奏者として、祭りを引き継いでいくことでしょう。その姿に、伝統を守り次世代に繋げる力強さを感じました。

何度見ても、「おわら風の盆」は素晴らしいですね!

今年のお盆

今年の夏は「猛暑」を通り越して、「酷暑」とも言われています。酷暑に加えて豪雨も日本列島を襲い、異常気象が続いています。

お盆休みに入り、久しぶりに映画を観に行きました。それも2日連続で、「TOKYO MER~走る緊急救命室~」と「国宝」の2作品です。「TOKYO MER~」は、火山の噴火から島の住民を救う物語で、医師役を演じる鈴木亮平が活躍します。緊迫感のあるストーリー展開が魅力的で、観ていて引き込まれました。もう1つの話題作「国宝」は、歌舞伎の世界を舞台に家と内弟子の葛藤を描いたヒューマンドラマです。約3時間の大作ということで、その長さが少し不安でしたが、最後まで席を立つことなく、眠気も全く感じませんでした。映像と音楽の美しさ、そして壮大なストーリーと迫真の演技に圧倒されました。「TOKYO MER~」の鈴木亮平、「国宝」の吉沢亮、横浜流星はいずれもNHKの大河ドラマで主役を務めた経験がある俳優です。その役作りには感心し、演技に対する思い入れが感じられました。どちらの映画も、ぜひ観てもらいたいと思います。

さて、今年は約310万人が亡くなった先の大戦からちょうど80年となります。現在では、戦争を体験した人が全体の6%にとどまり、戦争の記憶も薄れつつあります。平和を「空気」のように当たり前だと感じている若い人も多いのではないかと思います。日本は、日清戦争、日露戦争を経て満洲事変、そして太平洋戦争へと戦争の道を進み、1945年8月にポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏しました。この戦争終結後、日本は自由主義の理念の下で急速に発展し、戦前と戦後で社会の仕組みが大きく変化しました。特に、愛国心に関する教育が大きな転換を迎えた点は重要だと考えます。戦後の日本は、幸いにも一度も戦火に巻き込まれることなく、平和を享受してきました。このような国は、世界でも稀な存在と言えるでしょう。

しかし、現在の世界情勢を見ると、平和が完全に保障されているわけではありません。中東のガザ地区では依然として悲惨な状況が続き、ウクライナ戦争も長期化しています。また、中国と台湾関係の緊張、さらに中国の海洋進出など、「きな臭い」状況が高まっていると感じます。平和の重要性を訴える声が多い中で、私たちはこの現実を直視し、どのように対応していくべきかを真剣に考えなければならないと思います。

私はお盆の期間中、3か所の慰霊祭に参加してきました。高岡市護国神社奉賛会の会長として、この役職を10年余り務めています。毎年、お盆の時期に行われる慰霊祭は、これまでは屋外の慰霊碑前にテントを張って行われていました。しかし、近年の異常な暑さの影響で、今では公民館のホールで行うケースが増えてきました。また今年初めて、長年祭事を行っていたある地域の遺族会が解散しました。そのため、その地域では慰霊祭が行われないことになりました。地域の遺族会の会員は高齢化が進み、会員数も減少しています。また、役割を引き受ける人が見つからないという問題もあります。私たち高岡市護国神社奉賛会の会員数も減少しており、今後、地域の慰霊祭や忠魂碑の維持が難しくなっていくでしょう。戦後80年が経過し、会員の減少は避けられない現実だと思います。しかし、国を思い亡くなられた御霊をお守りすることは重要です。もし遺族会が活動を継続できなくなった場合は、地域の自治会などがその役割を引き継いでほしいと考えています。

もともと、護国神社は「1県1護国神社」が一般的ですが、富山県には富山市に「富山県護国神社」、高岡市に「高岡市護国神社」があります。私は、富山県が「戦没者への思い」の強い県だと感じています。しかし、神社の維持管理には多大な費用と労力がかかります。昨年、本殿を風雨から守るための「おおい(覆い)」を取り付けました。また、地震で倒れた玉垣の修理も行いました。さらに、何年か後には屋根の銅板の葺き替えが必要となります。 現在、各自治会から補助金をいただき、その管理費として活用していますが、それでも維持には多額の資金が必要です。加えて、祭事の準備には相当な労力がかかります。このように、現在の維持管理は厳しい状況にありますが、将来を見据え、今できるベストなことを行っていきます。そして、次の世代にしっかりと護国神社を引き継いでいきたいと考えています。

長岡花火

8月2日土曜日、新潟県長岡市で開催された「長岡まつり大花火大会」に寺崎工業互親会(協力会)の方々と総勢24名で行ってきました。

互親会では年に一度、会員の親睦と研修を兼ねて旅行を計画・実行しています。昨年は航空自衛隊小松基地の航空祭に行ってきました。今年は春先からこの花火大会の見学を企画し、旅行代理店との打ち合わせを重ねてきました。行程は?バスは?観覧席は?昼食&夕食は?持ち物は?等々、ベストを目指して計画を組み立てました。

考え抜いた結果、花火大会の弾丸ツアーに。トイレ付きの大型バス、高速インター側のエリアで駐車場に近いイス席(「島」の最前列)、昼食(焼肉弁当)は出発時にバス積み込み、夕食(幕の内弁当)は花火会場の駐車場で受け取り、食事後に観覧席へ移動、渋滞と混雑が予想されるためアルコールや飲料水はできるだけ出発時に持っていく、そのためのクーラーボックスの用意など、いろんな知恵を絞って当日を迎えました。

当日はお昼の12時に出発。15時過ぎには長岡に着きましたが、お土産購入と時間調整を予定していた「道の駅」には満車で立ち寄れず。16時過ぎには花火会場の駐車場にバスを入れ、そこで18時半ごろまで待機することになりました。外は猛暑の中、エアコンの効いたバスの中での待機となりホッとしました。

19時20分開始。花火の大きさ・色・鮮やかさ・曲に合わせての打ち上げなど、信濃川の広大な河川敷だからこそ出来る大会だと感じました。直径650mの「正三尺玉」、打ち上げ幅2kmの「フェニックス」、圧巻でした。また、花火には表も裏もないと言いますが、どうでしょう。真上で開く大輪の花を、我々はポカンと口を開けて見入っていました。

21時10分終了まで、時間を忘れて約2万発の花火に酔うことが出来ました。しばらくの空白時間のあと暗闇の中、明かりを付けたスマホで花火師とのエールの交換、河川敷一面に光の輝きが現れて会場が一体となりました。

花火会場の駐車場から24時頃には出られたでしょうか、高岡には日曜日の午前3時頃に無事到着し、それぞれ家路につきました。高速道路のサービスエリアは深夜にもかかわらず営業を続けており、商魂のたくましさを感じました。

花火は「一瞬の芸術」であり、あざやかさとむなしさを感じます。消えかかる光に何とも言えない哀愁を感じます。そして日本人に生まれてよかったと感じます。

いや、今日4日は地元、庄川の花火大会。うちわ片手に缶ビールを吞みながら、家の屋上から見るか。「蚊」来るなぁ~